限りなき知の探訪

リベラルアーツ・アカデミー - 人類四千年の特等席からの眺め

2009-01-01から1年間の記事一覧

想溢筆翔:(第38回目)『プラトンに学ぶ弁論術』

今年は、京都大学の一般教養科目で、2つの授業を受け持った。 前期:『国際人のグローバル・リテラシー』Global Literacy for Cosmopolitans 後期:『ベンチャー魂の系譜』Genealogy of Venturing Spirits これらのクラスでは、あらかじめ指名した学生のパ…

沂風詠録:(第30回目)『漢文を読むときの注意点』

私のこのブログでは漢文を取り上げることが多くあります。また漢文学習のテクニックに関する私の経験則もいくつかご紹介しました。 沂風詠録:(第6回目)『麻生川流・漢文学習のポイント』 沂風詠録:(第7回目)『漢文の読み方・Rule of Thumb』 沂風詠録…

通鑑聚銘:(第22回目)『虎穴に入らずんば虎子を得ず』

『不入虎穴、不得虎子』 班超のこの言葉は、あまりにも有名であるが、今からさかのぼること約2000年前、この言葉が発せられた状況は、班超にとって、まさに死ぬか生きるかの大博打であった。 その班超の家はというと、父は班彪といい後漢の歴史家であった。…

【座右之銘・15】『行莫大於無悔也』

日本では、中国の古典というと、バカの一つ覚えのように、『論語、孫子、史記』が挙がる。これらの書物は確かに、中国古典の代表であることは異論を差し挟まないし、私自身も論語、史記は愛読書である。しかし、これらが全てではない、と声を大にして言いた…

希羅聚銘:(第14回目)『ローマ、平等社会から財産による差別社会へ』

Livy, History of Rome (Livius, Ab urbe condita) (英訳: "Everyman's Library", Translator: Canon Roberts, 1905) ローマ王、セルウィウスは国家を強めるため、兵制の改革を行った。それは、国民皆兵から、財産に応じた兵役の義務を課すということ、そ…

『ベンチャー魂の系譜(10)』

【ベンチャー魂の系譜 14.ベンチャー陰の立役者・ベンチャーキャピタリスト群像】 今回は、現役のベンチャーキャピタリストであるJAICシードキャピタル・佐々木美樹社長をお招きして、ベンチャーキャピタリストとしての仕事の他に、人生の生き方についても、…

想溢筆翔:(第37回目)『短パンで迎えたクリスマス』

日本では冬は冷たい北風が吹き、コタツのなかで、みかんをむきながらテレビを見るもの、と相場が決まっていますが、世の中はそんなに固定化されたものではない、というのが今回のお話です。 その昔、私の冒険心がまだ健在だったころのお話です。アメリカのピ…

惑鴻醸危:(第18回目)『よっしゃ大学、吉田に開学』

千年の王城の地、京都に新しい大学の設立が検討されているという。その名を『吉田舎大学』といい、東山の吉田神社のふもとにキャンパスを作るという、もっぱらの噂である。 吉田神社と言えば、徒然草の作者、吉田兼好ゆかりの神社で、近くには創立110年を誇…

通鑑聚銘:(第21回目)『ねぎの切り方で母の差し入れと気づく』

明帝(劉荘)には腹違いの兄の楚王・劉英がいた。劉英は、何とかして帝位に就こうと画策し、ついに踏み入れてはいけない邪道に分け入った。 *************************** 資治通鑑(中華書局):巻45・漢紀37(P.1454) 楚王・英は方術士と呪術の力で、帝位…

百論簇出:(第33回目)『財界人叢書』

明治から昭和にかけて個性豊かな、時代を超越した雰囲気の財界人がいた。図書出版社から『経済人叢書』として全10巻が1990年ごろに発刊された。 1.逸翁自叙伝 / 小林一三著 2.住友回想記 / 川田順著 3.幽翁 / 西川正治郎著 4.財界回顧 / 池田成彬著 ; 柳沢健…

百論簇出:(第32回目)『財界人の伝記』

最近の授業の『ベンチャー魂の系譜』では江戸期と明治期のベンチャー魂あふれる人たちを取り上げた。 それに関連した本を紹介したい。 かなり前(1992年)に発刊されたので、今では入手しにくくなっているが、内容はすばらしい。大和出版の『創業者を読む』…

想溢筆翔:(第36回目)『皇帝の手紙を読まず、講義に集中』

今、小中学校の教育現場では、学級崩壊がひどいという話だ。 60分間の授業中でもじっと席に座っていられず、わめいたり、教室内を徘徊するというのだ。そして、最近では、これらの現象が大学にでも伝染している。授業中に、私語は当たり前、携帯電話で話はす…

【座右之銘・14】『胸中正、則眸子瞭』

ギリシャの哲学者、アリストテレスが書いたといわれている『観相術』(Physiognomics)という本がある。しかし、どうやらアリストテレス自身が書いたのではなく、数ある弟子の誰か、あるいは後世の逍遥学派の誰かが書いた、というのが定説となっている。 読…

『ベンチャー魂の系譜(9)』

【ベンチャー魂の系譜 9.明治のベンチャー】 今回は、明治時代のベンチャー魂溢れる人たちを取り上げた。 対象とする人物は 岩崎弥太郎 安田善次郎 大倉喜八郎 渋沢栄一 益田孝 久米邦武 など。 授業では時間の関係で、このうち、渋沢栄一と益田孝について議…

『ベンチャー魂の系譜(8)』

【ベンチャー魂の系譜 8.江戸のベンチャー】 今回は江戸時代のベンチャー魂にあふれた人について議論した。 授業では、伊能忠敬と二宮尊徳とに絞って議論したが、本来は、住友家、三井家、鴻池池などの中心とした、江戸の企業家の勃興と成長を議論する意図で…

『ベンチャー魂の系譜(7)』

【ベンチャー魂の系譜 7.言語に魅せられた辞書作り】 以前、このブログでも書いたように(『1円OED(Oxford English Dicitionary)顛末記』)私は辞書が好きである。とりわけ大部の辞書を作った人たちにはその作成の苦労を思うと、無条件で尊敬の念を抱いて…

想溢筆翔:(第35回目)『逸話の宝庫、アッティカ夜話』

私が東西の古典が好きな一つの理由は、いまから千年も2千年の実話が聞けるからです。現在の地理や科学を知っている私たちから見れば当然のことに驚いたりする一方で、現在の法治社会では考えられないような事件が起こるからです。そういった話が大好きなお…

『ベンチャー魂の系譜(6)』

【ベンチャー魂の系譜 6.限りなき知の探検】 今回のテーマは私のこのブログのテーマと同様、『限りなき知の探検』である。 知識の範囲は、時代と共に膨張してきたが、残念ながら、この恵まれた時代の恩恵を必ずしも現代人がすべて享受しているとは言いがたい…

希羅聚銘:(第13回目)『奴隷の子がローマの王に』

Livy, History of Rome (Livius, Ab urbe condita) (英訳: "Everyman's Library", Translator: Canon Roberts, 1905) ローマの第6代の王は、セルウィウス・トゥッリウス(Servius Tullius)元は、ルキウス・タルクィニウス・プリスクスの家にいた奴隷で…

想溢筆翔:(第34回目)『親指と小指しかない男の話』

先日、何年か振りに南ドイツの大都市・ミュンヘンを訪問しました。私が一番初めに言ったのは、1977年の、ドイツがまだ西と東にわかれていた時でした。東西ドイツの国境沿いには鉄条網がめぐらされた幅が50メートル近くの分断帯(といっても原っぱのようでし…

通鑑聚銘:(第20回目)『儒教の要の経典、孝経』

仏教が中国に伝来したのは、前回説明した後漢よりは、実はずっと前の時代であったというのが定説であるらしい。しかし仏教が社会的に認知された歴史の変節点が、後漢の明帝の時であった。とは言うものの、あたかも明帝自身が一夜にして仏教徒となったと考え…

【座右之銘・13】『人生天地之間、若白駒過隙』

これは荘子が出典で、『人生天地の間、白駒の隙を過ぐるがごとし』と読む。意味は、人生は一瞬だということだ。 私には、このフレーズは意味ではなく、視覚的(ビジュアル)なイメージを呼び起こすところに感心している。この句を読むたびに、白馬がたてがみ…

百論簇出:(第31回目)『現代に蘇る幕末のグローバル発想』

先週(11/28日 - 12/6日)はまるまる一週間、ヨーロッパに出張していた。訪問先は、ロンドン、パリ、ミュンヘンの3都市であったが、特にパリとミュンヘンで、大学が産学連携をどのように進めているかについて調査するのが目的であった。 個別大学での議論は…

希羅聚銘:(第12回目)『何事も鳥占いで決めるローマ』

Livy, History of Rome (Livius, Ab urbe condita) (英訳: "Everyman's Library", Translator: Canon Roberts, 1905) 日本の古典文学を読んでいて、いつも首をかしげてしまうのが、彼らの迷信深さだ。我々同様の理性をもった人間が、いとも簡単に非科学的…

通鑑聚銘:(第19回目)『俗説が流布する仏教伝来の年代』

資治通鑑は古来から名著の誉れが高い。その理由の一つが史的考証が厳密で、時代や採取する材料の選択眼が優れていることによる、と言われている。私は中国史の専門家ではないので、どの部分がそれに該当するか正直言って分からない。しかし、今回取り上げる…

想溢筆翔:(第33回目)『はらわたの腐ったいかす奴』

庖丁と聞けば、誰でも料理用のナイフを思い浮かべるでしょう。しかし、本来は古代中国の名コックの名前だったのです。つまり、固有名詞(庖丁)がいつのまにか一般名詞(名コック)となり、ついにはその道具にまで名前が変身してしまったのです。似たケース…

百論簇出:(第30回目)『藤山寛美にみるパロディの妙』

かつて、藤山寛美という名優がいた。(今はその娘のの藤山直美が父親の名を辱めない演技をしているようだ。)彼の持ち味は、演技そのものより、あのとぼけたパロディの口調にあると私は思っている。 そもそもパロディとは、ギリシャ語で paroidia と言い、傍…

希羅聚銘:(第11回目)『ローマンドリームの体現者』

Livy, History of Rome (Livius, Ab urbe condita) (英訳: "Everyman's Library", Translator: Canon Roberts, 1905) 現在アメリカがいろいろな分野で一人勝ちしていると言われるが、その根本には、個人個人の活力を国家全体の活力に転換するメカニズムが…

【座右之銘・12】『玩人喪徳、玩物喪志』

中国の言い回しには、対句、連句が多い。これは、中国人は総じて、漢字がグリコのキャラメルのように一粒づつ行儀良く並べられるのを美しいとする、漢字の『均斉美中毒』に罹っているため、と私は考えている。 この対句の均斉美に関しての、中国文学専攻の学…

沂風詠録:(第29回目)『行發於邇者、不可禁於遠』

yuさんから『行發於近、必見於遠』に近い言葉が淮南子にあるとのコメントを頂いた。その言葉は、書き下し文では次のように書かれているとの事であった。「行ないの邇きより発せしものは、遠きに於いて禁ずべからず。」 これについて、調べた事を述べる。 ま…